4、恋する乙女、復活の朝。

 スタスタスタスタスタスタスタ。
 歩く。
 どうして走らないんだ? という速度で歩く。平常心装うも、全然平常じゃないあたし。
 ちなみに出発は五分くらいの遅れ。ま、あたしの足なら余裕余裕よ。いつもよりも、三割り増しでぶっ飛ばせば良いんでしょうが。今のあたしには朝飯前だ。見てろよ。けっ。
 そう、誰にともなく逆切れしながら、あたしは物凄い勢いで歩き続けた。
 白い息は、外気の冷たさを物語っている。しかし、今はそんなことに構っている暇はない。体の芯は熱を持ち、あたしのほっぺはホカホカ真っ赤。これは、運動が体にもたらす発熱。そして、今のあたしに至っては興奮の成せる技。恋するときめきは、有り難くもカイロ要らずである。
 まさかまさかの、どんでん返し。上の空で聞いていた、名も知らない男の言葉。それが耳の奧に残っている。声の調子など残っていないのに、言葉だけが鮮明に残ってる。
 無意識の内に何度も、何度も何度もそれを繰り返した。火に薪をくべるように、再燃を祈りつつ、くすぶった恋心にガソリンを撒く、あたし。
 ・・・ガソリン。ガソリンですよ? 火種があるだけで爆発しますよね。再燃を祈りつつとか言って、祈る必要も無いわけで。つまり、そういうこと。
 ええ、ええ。何とでも言うが良い! 簡単な女ですとも! あたしは!! そうよ。爆発するわよ! するに決まってんじゃないの! ガソリンなんか撒かなくても、むしろ自発的にキャンプファイヤー!!!
 スタスタスタスタスタスタスタ。無意識の内に、男子学生を牛蒡抜き。しかし、あたしは自分を見送る目がまん丸のアホ面だの何だの、拝んでいる暇はない。目指す男はあいつのみ。何たって、恋する乙女ですからね!!
 よし。復活だ! これは敗者復活戦なのだ!!!! いや、むしろスーパーシードと言っても過言ではない!! つまり大器晩成型のあたし。分かってた! あたしは、やれば出来る子だってーーー!!
 あたしは自分を抑えきれず、とうとう走り出した。


 その勢いのまま、あたしはコンビニに飛び込んだ。バレンタインフェアとか書かれたポスターとイベント棚を無視して、あたしは一目散にお菓子コーナーに向う。朝食を買いに来た社会人の皆様、及び学生で、どこもかしこもごった返している。ええい、どけどけ。恋する乙女のお通りじゃ!!
 あたしはスルスルと人混みを掻き分け、お菓子コーナーに到着した。恋する乙女は身体能力もアップである。それでもなければ過剰に摂取したココアの力。ココアを馬鹿にすんなよ!
 そんなことを思いながら物色していたら、こんな時ばかり上段に格上げされたチロルチョコに目が止まった。・・・可愛いじゃないか。なんか、可愛いじゃないか。チロル。暴走気味の恋する乙女は、そんなことを思った。
「・・・うーん・・・」
 それを、一つ手に取る。
 包みを確認。ただのミルクチョコ。多分貰う方は、義理チョコよりも義理チョコだと思うだろう。この小ささ。
 しかし「これだ! これしかない!」と、あたしは密かにガッツポーズ。この小ささが恋する乙女の強い力! 大きさじゃないのである。問題はハートなのだ! よっしゃ、復活じゃ! 復活祭じゃー!! 起死回生の一発を見せてやる!!!





「・・・あんた、さぁ。何やってるの?」
 学校に着いて、開口一番。あたしがコソコソと紙袋にネタをしこんで・・・基、バレンタインの準備をしていたら、いつの間にやら隣に居た友人はそう言った。
「はっ!? あわわわ! 見るな! 見ちゃ駄目!!!」
 気が付いて顔を上げた時、友人はあたしの手元をバッチリ覗き込んでいた。いやー! 何やってるの貴方!!!
「もう、見えたけど」
 がーん。そそそ、そんな。駄目ですよ。こんなの見たら。
 正直にそんな顔をしたあたしに、呆れ顔の友人は言う。
「何? それ」
「・・・」
「まさかと思うけど、あんた・・・」
「わー! わーーー!! 言うな! 言わないでー!!!」
「だって、あんたそれ・・・」
「シャラーーーップ!!!」
 そう叫んで、友人の口を塞いだ。駄目! 駄目言ったら!! 誰かに聞かれたら大変なことになるでしょ!!? 仮にもあたしは恋する乙女(復活)なんだから、やめてー!!
「ちょっ。だって・・・それ・・・」
「良いの!!! 良いから黙ってて!!! 親はなくても子は育つ!! 母さん、あたしのやりたいようにやらせて下さい!!!」
「・・・」
 すると友人は、呆れ顔のまま、あたしの顔をマジマジと覗き込んで言った。
「誰が母さんだ。こんなでかい子供を産んだ記憶はない」
「取り敢えず、健闘を祈るぞ。母さん。お互いに頑張ろうではないか」
 彼女もチョコを上げると知っている。しかし、相手は既に彼氏なので、彼女に何の気苦労もない。羨ましいとも思うが、この気分の高揚は快感でもある。今日はあたしが主役だ。
 というわけで取り敢えずの応援をしたが、当然全く方向違いだったため、彼女はそれをスルーしてあたしの心配をしてくれた。
「だから、誰が母さんだ。・・・ま、いいや。何があったか知らないけれど、熱はないね? 頭やられてないね?」
「おっす! 大丈夫です!」
「ならば、思うままに頑張りなさい」
「ありがとう! お母さん!!」
 抱きついたあたしに、彼女はぼそりと付け加えた。
「これで正常だから余計に心配だってことも、いい加減気付いて欲しいものなんですが」




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