3、テレビを威嚇した2月14日。

「いやー。やってきましたね。バレンタインデー」
「そうですねー」

「・・・むむぅ・・・」
 そして朝。
 バレンタインデーの朝。
 口の周りを泡でいっぱいにしながら、あたしは唸った。がしがしがし。女子高生は、有り得ない力強さで尚歯を磨く。がしがしがし。・・・がしがしがしがしっ。
 腰に手を当て、仁王立ちしたあたしの前には朝のニュースを告げるテレビ。がしがし・・・がしがしがしがしっ。今日で歯ブラシ使用不可になるんじゃないかってほど、力を入れて、がしがしがし。昨日のチョコ味が口の中に残っていたのか。それともなければ、朝のニュース番組のせい。
 兎にも角にも、あたしは不快感を覚えてミントの歯磨き粉を贅沢に盛り、浴室のカビ取りの勢いで歯を磨く。その視線の先には、憎たらしいほど輝いている笑顔があった。
「チョコのあては?」
「いやいやいや、無いですねぇ」
「元」恋する乙女の前。テレビの中のお兄さんとお姉さんは、そんなことを言って笑う。何? その爽やかな笑顔。
「むーっ」
 かっちーん。である。何がチョコだ。何がバレンタインデーだっ。そんなことを話している暇があったら、天気予報でもニュースでもお知らせしやがれ。浮かれた世間に腹が立つ!
「ふーっ」
 逆毛を立てた猫のように唸って、あたしは歯ブラシを握りしめた。口の中は、泡でいっぱい。これ以上泡立てたらまずいことになりそうなので、本能的に歯ブラシを出した次第。
「あんた、何、テレビを威嚇してるの。早くしないと遅刻するわよー」
 後ろからはお母さんの声。おお、そうだそうだ。口の周りを泡だらけにして、テレビ相手に怒っている場合じゃなかった。急がねば。朝は、いつもてんてこ舞い。
 さぁさぁさぁ。というわけで、やってきました恋する乙女の救いの日。どこもかしこも、バレンタイン。朝から、ニュース番組すらその話題。むかつく。あたしのバレンタインデーは終わってるのよ。当日前に既に終わってるんだから、いちゃもん付けるな!
 誰もあたしにいちゃもんを付けてるわけではないのだが、被害妄想ってヤツはそんなことを理解出来るはずもなく。
 洗面所でガラガラ音を立てて口をゆすぐも、聞きたくないと思えば思うほど、ニュースはしっかり聞こえてくるわけでして。
「チョコ? ああ、欲しいっすね」
「彼女が居るんで」
「多分・・・貰えないんじゃないかなぁ・・・?」
 街頭インタビューかなんか知らんが、ちらほらとそんな男の声が聞こえてきた。そんな下らないインタビューをするな! テレビ局に電話したろか!
 恋する乙女は夢見がちな分、それから冷めると現実的で凶暴な生き物。気を付けろ。世の中の男共。
「いやぁー。全部義理ですよ。ははは」
 みたいな、おっちゃんの声まで。くわー。なーに言っちゃってんのよ。何盛り上がってんのよ! むかつく!
 ガラガラガラ・・・ぺっ。
 うがいをしているだけなのだが、柄の悪いあたし。不良のように勢い良く水を吐き出して、タオルで口を拭き・・・。
「・・・くそう・・・」
 あたしは結局、そそくさとリビングに戻った。気になって仕方がない。世間の男共の意見。こそこそと、誰が自分を見ているわけでもないのに食器棚の陰に隠れてテレビを監視した。
 そのあたしを迎えたのは、以下のお言葉。
「バレンタインデー? あー・・・興味無いですね」
「・・・うん?」
 なんだ、つまらないことを言う男がここにも居た。と、思わず顔を顰めた「元」恋する乙女のあたし。グダグダ言わずに、大人しく受け取ればいいのに。受け取るだけならタダじゃないか。それすらも拒む理由って何なんだ。意地張ってんだか何だか知らんが、女の子にとっては迷惑千万! と、怒りの炎再燃。楽しそうに言われれば腹立ち、貶されても腹が立つ。難しいお年頃と言うことでスルー御願いする次第であります。
 さて、睨み付けたテレビには、若い男の顔。馬鹿にしたように鼻を鳴らして、こんな事を言った。
「大体、あれ、お菓子業界が作ったもんでしょ?」
 うわー。やなヤツ。あいつと全く同じ事言ってやがる。お前はあいつの親戚か? それともお菓子業界に敵対する何者か。
「あんた、まだ行ってなかったの?」
 キッチンから母親が、怒ったように言った。そしてぺん、とお尻を叩いて洗濯機に歩いていく。
「まぁー。楽しいのは良いと思うけど・・・」
「ああ、うん。もう行くー」
 そうだ、そうだ。こんなヤツに構っている暇はない。鞄を持って、立ち上がる。おおっっと。まずい。もう三分いつもの時間より遅れてる。急げ急げ。
 と、あたふたし始めたあたしに、信じられない言葉が聞こえてきた。
「・・・から申し訳なくて」
 ・・・え?
 それは、あの男の声。あの、あいつと同じようにバレンタインを馬鹿にした男の声だった。
 ・・・はい?
「・・・なんですと?」
「以上、街角インタビューでしたー」
 しかし聞き返してテレビに視線を戻したあたしに聞こえてきたのは、笑顔のレポーターの声。・・・ちょっと待て。巻き戻せ。今の男、何て言ってた? ねぇ。もっとハッキリ聞かせて。
「・・・おーい?」
 だが、聞き返しても、スタジオの何々さんに戻ってしまった画面は反応無し。いつもテレビはマイペースだ。
「いやー。色々な人が居ますね」
「でも、何だかんだ言って楽しそうですよね」
「・・・そうですね」
 意味不明の回答をしてから、あたしはそれから目を逸らし、茫然と立ち尽くした。
 これは、何? 天からのお言葉? そうなの?
「諦めるでない。恋する乙女よ」それなら神様は、きっとこう言ったのだ。
 神様。あたし、まだ恋する乙女なんですか? と、問いかけてみる。ねぇ、神様? どうなの?
 見上げた先には、天井しかない。お告げも神様も。降りては来ない。けれどあたしの中に残っている最後の希望は、間違いなく存在している。ねぇ。神様。これって、何? どういうこと?
「あんたまだ居たのー!? 遅刻するわよー!!」
 しかし返ってきたのは怒り狂うお母ちゃんの声。そんなこと自分で決めろってか、神様。
「はいっ。行ってきます!!!」
 だったら答は決まってましてよ!!




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