2、コイスルオトメは未練タラタラ?

 ・・・って、そんなこと一目瞭然ですよね。そうでなきゃ、女の子に向かってバレンタインデーの前日に「バレンタインデー? 愚かだね」なんて言うか!! そして、その相手であるあたしも、彼のために作ったチョコを物凄い形相で囓ることもなかったわけよ!
 めでたく理性を再構築することに成功したあたしは我が家で一人、眉間に皺を寄せていた。そして口をモゴモゴ動かしていた。口に広がる甘い味と、香るカカオの香り。
 ・・・ええ、そうですとも。もう再起不能な状態にするために囓りましたとも。あいつに作ったバレンタインチョコ! 家に帰って思い出していたら相当腹が立ってね! 怒り再燃してね! それにチョコ好きだからね! イライラしたから調度良かったんだよ! ああ食ってやる。全部食ってやるー!!!! ・・・なんて怒りに身を任せ、がぶがぶがぶがぶっ。
 ・・・やり過ぎたかな? やり過ぎたな。あたし。

「うえ・・・」
 気持ち悪い。

 そりゃそうだ。一体どれだけのチョコを食べただろう。この二日間で。あり得ないほど食べた。しかも凄い勢いで。
 しょうがないだろ! それ程、腹が立ってたんだ!! 腹が・・・うえ。気持ち悪い。
「・・・ううー・・・」
 手もチョコの香りがぷんぷんしてる。うえー。本当に本気で気持ち悪くなってきた。太ったな。絶対太った。畜生。ニキビも出来そう。肌がベタベタしてるもん。手も何だか油っぽいわ。最低。口内炎も出来るかも。ぎゃー!! 嫌じゃー!!
 くそーっ。くそ! あいつのせいで!!! ・・・なんて思いつつ、ダウン。あたしはベッドに力無く倒れ込んだ。そしてしくしくと肩を震わせる。酷いよーぅ。とか、思いながら。
 怒っていられれば楽だ。でも、もうそれすら出来ないあたし。恋する乙女は無駄に弱い。だって、あいつは何気なく言ったのかもしれないが洒落になってない。バレンタインデーを馬鹿にするのも洒落になってなかったが、その他も洒落になってなかったのだ。
 だってあたし、あいつが良いなと思ったのは夏前の話。それからずっと・・・好きで。もう半年以上、片思いを続けている。実は。・・・ここだけの話。ええ、一年近く保存してましたよ! 何か悪いか!? 何が悪いんじゃ!
 別に、バレンタインデーを待っていた訳じゃない。ただ、ずっと何も言えずに好きでいて、めでたくここまで引っ張って、「おお、バレンタインデーか。思い切るには良い機会」とか思って準備して・・・。
 で、玉砕か。信じられない。何が信じられないって、やる前に玉砕っていうのが信じられないね。こんなのあり? やる気満々だったのに。不戦勝ならともかく不戦敗って何だ。納得がいかないよ。こんなの。
「・・・うえー・・・ん」
 実際は気持ち悪くて声を上げたのだが、それを強引に泣き声っぽくしてみた。しかし、涙も出て来なきゃ前半の声がおかしいので恋する乙女では絶対ない。どっかの珍獣みたいである。・・・いいや、別に。どうせ誰も聞いてないんだ。けっ。恋する乙女なんざ、今日で終了終了!
 とか思っていたら、ばーん、とドアが開く。その向こうには母が仁王立ちしていた。
「あんた、何気持ちの悪い声上げてるの」
「・・・すいません」
 そう言いつつ、ひたすらぐったり。な娘を見て、母は呆れたようにため息を付き一つ。そうですよね。腹を痛めて産んだ子供の、この成れの果て。母って辛いね。神様。
「お風呂入りなさいな」
「・・・あい」
 そして人生って、ままなりませんね。神様。



 それにしても気持ち悪い。
 爽やかなジャスミンの入浴剤入れたところで、全然爽やかになれないこれ世界の不思議。むしろチョコの気持ち悪さが増長されます。
「うあーぐあー」
 ジャスミンの香りの中。チョコなあたし。変な叫び声。これが恋する乙女(だったの)かいな。「胸焼けするったらないね」ホントだ。ちくしょう。あいつの言葉の通りになってしまった。女のあたしが。何故じゃ。そもそも、だ。あいつどんだけ食ったんだ。胸焼けするほど食うなってんだ!
 ばしゃん!!
 怒り再燃。思わず、お湯を叩いていた。しかし、別に何も起こらない。水面がゆるゆるしているだけだ。そしてやがて元に戻る。・・・む。水は偉大だな。いつも平常心だ。
 ばしゃばしゃばしゃ。・・・うーん。ジャースミーン。
「・・・」
 ばしゃん・・・。
 アホなことを考えていたら、あたしも冷静になってきた。ため息を付いて、肩までお湯に浸かる。あー。暖かい。冬はこれが一番ー。
 ちょっとは気が収まってきた。チョコの香りも薄まってきたし。うん。さっきもガンガン歯を磨いたけど、もう一回磨いてうがい薬でうがいすれば口もスッキリだな。うん。
「あー。それにしても、しばらくチョコはいいやー」
 とか言っておいて、一週間もつかどうかだろうけど・・・。どうでも良いや。もう、どうでも。
「・・・はぁーーーーっ」
 体の中のモヤモヤを吐き出すように、多分人生で一番大きな吐息をついた。そして手持ち無沙汰に水音を立ててみる。ばしゃばしゃ。
 そうしたことで、どうやら気持ちの整理が付いたらしい。終わったな。バレンタイン。と、結構あっさり諦められた。何もやらずに終わった。何もやらないと決めた時点で終わった。でも、やるだけやった。やることはやったのだ。もう、いいや。あー。終わった終わったー。お疲れさーん。はい、どーもー。と、返事までして無事終了宣言。
「・・・ラーメン食べたい」
 そしてザッバー、と音を立てて立ち上がる。恋する乙女が終わったとなれば、そりゃズルズルラーメンも啜ったるわ! の意味不明な勢いである。・・・いや、それ以前に体が甘すぎて。
「塩っけのある物ギブー」
 そう言いながら、あたしは風呂を後にした。

 全て、終わり。
 おーわーり!!!






 ・・・とか何とか言っておきながら。

 ・・・どういうことでしょうか。どういうことなんでしょうか? これ。潜在意識ってヤツなのでしょうか?
 夢を見た。あいつの夢。あいつが出てくる夢。しかも、いっぱい。
 それは全部、記憶にある表情。会話。ちぇ。こんな時くらい、都合の良い展開になっても良いんじゃないの? と、そんなことに苛つく。ま・・・もはやバレンタインから脱落したあたしが、そんな物を見ても余計に腹が立つか悲しくなるだけだけど。さ。
 ただ思うことは。ああ、やっぱりあたし、好きなんだよなぁ。あいつのこと。って、ことくらいで。こんなに細かく、色々なことを覚えている人は、きっと他にはいない。無意識の記憶すら、あたしにそう自覚させる。
 別にドキドキときめいたりするような関係じゃないけど、話は合うし格好良いと思うし、何より一緒に居るのが楽しくて仕方がないんだ。だから、沢山一緒に居たいと思うし、例えば学校だけじゃなくて時間も場所も、会うのに選ばない関係になりたいって思う・・・のでありまして。我が儘かな? それって、我が儘? 今に不満はないだけに、そんなことも思う。
 ああ・・・そうか。そうだな。思えばそれが、もしかしたらあたしの行動を止めさせた原因の一端かも知れない・・・なぁ。と、気付く。一緒にいることが出来ないわけではないのだ。それが、もしかしたら壊れてしまうことを思えば、諦めだって付きやすかったわけで。
 でも、やる気はあったのだ。だから、それはあくまで原因の一端。殆どはあいつのせいだ。絶対。あいつのせい。あいつが悪いんだーっ。
 ・・・ほら。こんな風に、言える関係。惚れた腫れたの話なんて、そこには関係ないのだ。言いたいことを言わせて貰う。そしてあいつも言いたいことを言う。ドラマや漫画ほど、人間変われるものじゃない。急に、可愛くなれるわけでもない。好きだから全てを許せるわけでも、嫌いなところがないわけでもない。
 でも絶対嫌いにはならないし、側にいたいと思う人。・・・なんだ。くそ。だから余計に悔しい。


「・・・はぁー・・・」
 目覚めてしまったことを恨みながら、あたしは大きなため息。そして枕に顔を埋めた。すぐ寝直しても、もうあいつは出てきてくれないだろうな。と、夢に未練たらたら。
 楽しい夢だったな。本当に、楽しかったな。今まであたしは、あいつとあんな時間を過ごしたんだなぁ。戻れるならば、もう一度戻ってやり直したい。後悔はないけれど、もう一度。
 これからも、あんな風に過ごせるのかな。それ以上って、あるのかな。あんな風に、あいつとデート出来たら良いのにな。絶対楽しいと思うんだけどな。したいなー。デート。二人っきり。特別な事なんて、何もしなくて良いから。沢山話したり、出掛けたり・・・うわ、いいなぁ・・・したいなぁ・・・。ま、学校でだって話は出来るけど・・・そうじゃなくってー・・・。
 そういえば最近はどうだったっけ・・・って、あ、そっか。昨日だ。よりによって、あれだ。「バレンタインデーとか言っちゃって、何? 告る日なんて、別に選ぶ必要ねーじゃん」だ。くそーっ。ま、そうだけど、さ。そうかも知れないけどーっ。
「・・・ちぇっ」
 思い出してしまい、夢の幸福感がちょっと薄れた。
 ホント、不思議なもので。授業やら友達との会話やら。例えば気に入ったCDのタイトルでさえ、長くは覚えていられないのに。
 腹が立ってしょうがなかった、あいつの言葉は、やっぱり殆ど正確に覚えてる。


「それを、わざわざ一日ピックアップして騒いでさ。じゃあ、何? 春に出会ったら一年間保存かっての」
 煩いなぁ。半年以上保存していたあたしは何なんだ。悪いのか? ええ? まだ新鮮だよ? 消費期限は、まだまだ先だよ?


「その上、あれだ。義理? 感謝? それこそ最高に訳が分からないね。告る日だってのに、何が義理チョコ感謝チョコだっていう話ですよ」
 本気なら良いだろ。・・・そりゃ・・・何か、気まずくなったら「義理! 義理義理義理! ギリギリ!」って・・・言おうと思ってたけど、さ。


「足下見て、値段も高いしさ。それにバレンタインデーのチョコってやたら甘いのは気のせいかね。もう胸焼けするったらないね」
 ・・・それは同感だ。ホント、同感だ。しかも、それを台無しにしたのはお前だ。そして、胸焼けもお前のせいだ。責任取れ。




 ああ、とーにーかーくーっ。

「・・・むー・・・」
 あいつめ。覚えておけよ。それで他の子からチョコを貰ったりしていたら。
「・・・恨んでやる」




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