1、勝負する前に負けた2月13日。


「バレンタインデー? 愚かだね。菓子屋の売り上げ伸ばすための宣伝だよ。あんなもん」
 突然彼の口から零れてきたは、バレンタインデーを非難する言葉の数々。元々は「もうすぐバレンタインデーだねぇー」という、あたしの言葉に対する返答でもあった。
「おろ・・・え?」
 あたしは、その言葉を反芻し掛けて止まった。・・・愚か? ええと、ちょっと待て。お前。宣伝? そう言ったの? バレンタインデーを愚かだって? そう言ったの? 女の子が恋という病に溺れる日に向かって?
 ・・・マジ?
 ポッカーン。あたしの、マフラーで半分隠れていた口は、あとから思い起こせば、ゆで卵が縦に入る形でありました。さぞかしおかしな顔だったろうね。端から見たら。
 それは高校一年生も終わりかけの、二月。冷たい空気が町に落ちている頃のお話。

 問題発言を口にしたのは、隣を歩く男の子。彼は同級生。名前は瀬谷創太。
 そんな彼に恋してる、あたし。名前は埼結子と申します。以後宜しゅうでございます。
 二人並んで歩く、学校帰り。こんな幸せが他に有ろうか。寒さも何のその。この胸はカイロよりも暖かい。ああ、幸せ。
 結子、ただ今青春真っ直中。甘酸っぱくて、青い、そんな有限の高校時代。この恋は、もっと大人になって思い出すと、きっと切なくて胸が疼く。そんな素敵な思い出になるんだわ・・・。(うっとり)

 ・・・の、筈だよ。この状況。そうでなくてはならないよ。この状況。
 いや、直前まではそうだった。ぶっちゃけ「どうよ。良いだろ」なんて、誰彼構わず自慢したくなる状況。自慢したくなるくらい、超幸せ。ウキウキして、ドキドキして、にやけちゃうくらい嬉しい状況。
 ・・・だったよ。ね? ね? 間違いない! その筈だった。それが、どういうこと? 何でこんな衝撃を受けなきゃいけないの? 鳩、豆鉄砲でクルックー! みたいな。・・・あははは。そりゃ驚くわ。鳩、そりゃビックリ仰天だわ。
 いや、待て。現実逃避している場合じゃない。鳩はどうでも良かった。ええと、ねぇ。改めまして。
 あの・・・ねぇ。どうしてそんなこと言うの? どういうこと? どうなってるの? マイ人生。
 てか、さ。マジ勘弁して下さい。こんな日に、そんな、まさかまさかのカミングアウト。だって、あ、あのさ。今日、何日だと思ってんの? 知ってる? 今日、十三日ですよ? 明日ですよ? バレンタインデー。
 普通に考えればさ。恋する女の子は、もう準備万端な時期ですよね。当然、後は渡すだけの状態にチョコも気持ちもアーユーレディ? イエーー!!!! の時期ですよ。ね? それなのに。そんな時期にですよ。この男は一体全体何を仰っちゃってるんですか? ゴール一マス手前で「振り出しに戻る」位、理不尽じゃないですか? これって。よりによって宣伝・・・お、愚かって・・・。
 しかし彼は止まらず。一体全体、何が彼をそうしたのか。そこかしこに溢れている「バレンタインデー」の文字を見ながら、信じられない言葉を吐き続ける。
「好きなら好きって言えばいいじゃん。別に二月十四日じゃなくてもさ。だろ? 芸能人なんかさ、トラック何台分とか言っちゃって。誰がそんなに食えるんだっつーの」
 う・・・。
 彼の怒ったような横顔にびびり、最早反論もできない恋するあたし。
 そ、それはそうかもしれないね・・・うん。飽食日本。良くない。そういうのは確かに良くないねぇ。うん。お前は正しい。うん。なんて、思わず同意しちゃったりして。これが惚れた弱みなのか、返す言葉もないあたし。イエー!! のあたし。彼が白と言えばカラスも白く・・・。
 ・・・と、思って我に返った。カラスが白? あり得ない。
 惚れた弱みにも程がある。何、同意してんのよ!? 何、大人しく受け入れてるのよ! あたしはこいつに明日、チョコを上げようとしてたんじゃないのか!? それを、関係ない芸能人の話とごっちゃにされて、何が「カラスも白」だ。カラスは黒だ!! 芸能人が幾つ貰おうが、知ったこっちゃないわーーー!!! と、全てを否定。そして首をブンブン振って、おかしな考えを振り落とした。 
 あ・・・危ないところだった。アイデンティティー失うところだった。
「で・・・でも、ほら」
 めでたく正常な意識を取り戻したあたしは、手足をバタバタさせたいのを堪えて鞄をぎゅーっと握りしめ、(多分引きつった気持ちの悪い)笑顔を浮かべて抗議開始。くそぅ。負けるもんか。恋する乙女を、なめんなよ! という気持ちとは裏腹に、彼のご機嫌を伺うように小さな声でこう続ける。
「クリスマスとかお正月と一緒でさ。イベントってあればあるだけ楽しくない?」
 しかし、この一言が余計に自分の傷を広げることになるとは。
「はぁ? 全然違うじゃん。クリスマスとか正月は意味があるだろ? 新年とかキリストの誕生日祝ったりとか。バレンタインデーとか言っちゃって、何? 告る日なんて別に、選ぶ必要ねーじゃん」
「うぐ」
 ぐさっ。
 即死。とまではいかないが、致命傷に近いダメージを喰らう。だって、彼の表情は冗談とか、そういう遊びが一切無い。つまり、容赦ない。
 いでっ。
 いででででっ。いでーっ。
 何とかしようとして、結局しくじった。これが若さってヤツか。そうなのか。それとも、恋する乙女の迂闊さか。
 攻めかけたところに喰らう。これって、ある意味カウンターです。ダメージでかいです。迂闊に手を出したあたしが馬鹿だったんですよね。ええ。だからってそんな、容赦なく。あんまりじゃないですか? あんまりですよ。あんた。
 じゃあ・・・何ですか。その日にチョコを渡して、あんたに告ろうと思っていたあたしは何なんですか。おい。答えろや。ねぇ。答えて下さい。
「それを、わざわざ一日ピックアップして騒いでさ。じゃあ、何? 春に出会って恋したら二月まで約一年間保存かっての。くだらねぇ」
 はい。出ました。「くだらねぇ」。
 物凄い言葉が飛び出しましたよ。くだらねぇって・・・そんな言い方、あんまりじゃありませんか? 非道い。非道すぎる。こいつ。言ってしまいますか。そんなこと、言ってしまうのですか。そこまでキッパリと。完璧に全否定じゃないですか。取り付く島もない。
 ・・・ちょっと待ってよ。
 冗談でしょ? 冗談だよね? あ、冗談じゃない感じ? そうだよね。くだらねぇって・・・。
 ねぇ、お願い!!! 冗談だといってくれー!!!!! マジ勘弁して下さいよ! あたし、もんの凄い気合い入れてたのにさ。ラッピングもチョコもお菓子の本も買ったんだよ!? そして、もう制作までしてしまったんだよ!? 昨日!! そそそ、それが全部パァですか!? がちょーん。まあ、そんなに良い出来でもなかったから返って良かったけど・・・。
 って、んな事あるかーーー!! 前向き思考にも無理があるわーーー!!
 再び自分自身に苛立ったあたしの横から、再び彼からの攻撃。
「その上、あれだ。義理? 感謝? それこそ最高に訳が分かんね」
 もう集中ノックぐらいの勢いである。某バレーアニメ状態である。目に見える物ならば、きっと体中痣だらけ。いっそ、そうなら「責任をとれ!」と、叫ぶこともできるのに。目に見えないこの傷は、慰謝料を請求するにも役立たない。なんてこったぁー・・・。
 そして、あれよあれよと言う間に、結局再びダウンなあたし。こここ、コーチっ。もう駄目です。だって恋する女の子だもん・・・。とか言ってもコーチは聞く耳持たず。
「告る日だって言うなら、何が義理チョコ感謝チョコだっていう話ですよ」
 ガスッッ。あうっ。・・・てな具合に、ボールは顔面に直撃した。(イメージです)まだ嫁入り前なのに! 容赦無さすますよ! コーチ!! あんた一体、どんだけ鬼畜なんですか!?
「・・・はぁ・・・」
 なんて、良い加減、演技をするのにも飽きてきた。誰も見てないしさぁー。というわけで、素に戻り彼を見上げる。
 ・・・何だ。何なんだ。お前。一体、何がそんなに気に入らないんだ。酷い。酷すぎる。何が酷いって、そこまで容赦なくボコれる貴方が素敵に酷すぎます。
 しかし鬼畜は止まるところを知らず、「けっ」とまで言いやがりました。
「足下見て、値段も高いしさ。それにバレンタインデーのチョコってやたら甘いのは気のせいかね。もう胸焼けするったらないね」
 ・・・胸焼け。あたしのチョコは、あんたの健康を害する物だって言いたいんですか? あんた、そう言いたいんですか? ちょっと、あんまりじゃないですか!!? くっそー!! お前、恋する乙女を馬鹿にするなよ!! キッ。(涙目で睨んだ効果音)
「・・・ん?」
 その視線には、さすがに気付いたらしい。彼がこっちに顔を向ける。
 そしてヤツは目が合うと、ムカつくほどキョトンとした顔をして、あたしの顔を覗き込んだ。そして、まじまじとあたしの目を見てからこう言った。
「? 何、お前涙ぐんでんの? 熱でもあるの? 顔真っ赤だけど」
 そうそう。お前に明日、告白しようっていうドキドキ感が発熱をね。ときめき熱がね・・・。
 って、今はそんな訳あるかーい!! 怒り爆発してんじゃ!! はらわた煮えくり返ってるんじゃーー!! お前のせいだ! お前のーっ・・・くっそー!! だからってこんなこと・・・っ言える訳無いでしょーが!!
「何でもないよっ!」
 そう言い捨てて、ひたすら不思議そうなヤツの一歩前を歩き始めた。そしてマフラーを巻き直す振りをして、目尻の涙をぐいっと拭う。初めてだ。こんな屈辱の涙は!!
 それなのに、後ろから飛んでくるのは暢気なあいつの声。
「どうしたんだよー?」
「何でもないって言ってんでしょーがっ!」
「・・・???」
 冗談じゃない。冗談じゃないわよ! ホント、こんなのあんまりだよ!! 酷いよ! 酷すぎる!!
 ・・・けど・・・ああ、何言っても、もう駄目だ。ここまで言われて渡せるか? いや、渡せない! 渡さない!! もう良いや。そこまで言うなら、ええもう結構です!!
 そう思った瞬間に考えたのは、「あの」チョコの行方。「あれら」と言っても良い。失敗を恐れて大量に買い込んだ板チョコと、生クリームと・・・材料その他諸々、出来上がったトリュフの山が家に鎮座しているのだ。どうすんだ。あれ。上げる予定だった物も含めてかなりの量なんですけど。
 しかも昨日の制作時、味見しすぎて、あんたじゃないけど、実は胸焼けしているあたし。もうあれやこれや、あんたのせいで全てがおじゃんよ!!! どうしてくれんのよ!! 胃薬よこせ!! 慰謝料払えー!!
 しかし結局、チョコもあたしもヤツにとってはどうでも良い話だった模様。
「・・・あ。なぁなぁ」
 何かに気付いたようなそんな声が聞こえ、あたしの肩がポンポンと叩かれた。その声や動作に、いつもと違うところはない。ちったー気にしたらどうだ!? こーのーっ野郎ーーー!
 ・・・と、思ったけど一歩、二歩、歩いてから。
「・・・何よ」
 って、何でもない表情で振り返る。それを失うくらいなら、結局多少は我慢するのがマシってもんだから。・・・ちぇっ。これだから恋する乙女ってヤツは・・・。
 一メートルほど離れ、ヤツは既に足を止めていて、道路を挟んだ向こう側のレンタルショップを指さして言った。
「あそこにさ。ポスター張ってあるじゃん? この間言ってた新曲、あれ」
「え? どれ?」
 ととっ。と一歩、二歩。隣に戻り、ヤツの指さした方を見た。気になってたんだ。ちょっと前、買い物中に聞こえてきた曲。気に入ったけど曲名が分からなくて、そう言えば教えてくれるって言ってたよね。
 ・・・うん? 沢山ポスター張ってあるけど、どれ?
「あれ」
 ヤツはあたしが隣で背伸びしたのを見てから、もう一度指を差した。・・・あれって言われても、やたらいっぱいポスターがあってどれの事やら、ちんぷんかんぷんですよ。よく見えないし。
「・・・どれ? ・・・あれ? あの、金髪?」
「え? 金髪? お前、どれ見てんの?」
「あれでしょ? あの金髪」
「取り敢えず金髪の時点でアウトだけどな。どれのこと言ってんだよ」
「違うの? あんたこそ、どれのこと言ってるのよ」
 そう言って横を見ると、思ったよりも接近していたあたし。・・・うわ。近い。と思った瞬間、漫画とか小説みたいに一回だけ大きく「ドキン」と高鳴った心臓が分かった。
 凄く背が高い訳じゃないけど、目線が高いことにもドキドキ。ちょっと下から見上げるヤツの顔は、く・・・悔しいけど、格好良い。・・・万人受けする格好良さじゃないけど、これも惚れた弱みってヤツか。格好良いから好きなんじゃない。好きだから、格好良い。多分、そういうことなんだろう。
「あそこにあるじゃん。何だっけなー。名前。忘れた。こっからじゃ分からないなぁ」
 ヤツは、こっちを見ない。だからたっぷりその横顔を拝みつつ、そんなことを悟られないように面白くなさそうな声で言った。
「髪は何色なのよ」
「お前の興味対象は髪の色だけか」
 そう言ってヤツがこっちを見たから、慌てて店の方を向く。そして、どれともなく指をさした。確かに気にはなっていたけれど、最早どうでも良くなってるあたし。恋する乙女は、結構いい加減である。
「だって、こっからじゃ髪の色くらいしか分からない」
「じゃあ言うけど。黒」
「黒髪ばっかりじゃん!」
「お前が聞いたんだろうが!」
「ちぇっ。もう良いよ。ここで話していてもしょうがない」
 そう言って、あたしはヤツの鞄を引っ張った。手や腕は、まだ照れ臭くて引っ張れない。・・・これで十分だ。今は。十分というか・・・相当満足。
 ヤツは、黙って付いてきてくれる。感謝しつつも横断歩道まで引っ張って、赤信号なのを確認して言った。
「さぁ、渡れ」
 だから、その・・・これは恋する乙女の照れ隠し。
 しかしそれが他人に分かるはずもなく。それを聞いたヤツは、一瞬だけ呆れた顔をしてあたしを見てから、背を向けた。
「帰る」
「すいませんでした!」
 ですよねー! そう言いながら、そーれ! と、綱引きの要領でヤツの鞄を引っ張った。恋する乙女は、馬鹿野郎だーーー!! つまり、あたしはお馬鹿さーーーん!!
 理性が壊れた模様。あたしはハイテンションで「あはははははは」等という声を大声で発しつつ、いつまでもいつまでも笑っていた。


 例えばこんな風に一緒に帰る理由は、方向が同じだから。たまたま、同じ時間に帰路についたから。それだけのことだ。でも、そんな理由さえ揃えば、一緒に帰れるあたし達。「一緒に帰ろう」という言葉を交わすことなく、何でもない言葉を交わしながら同じ道を歩く。それだけのこと。厳密に言えば、そういうこと。
 彼女じゃない、彼でもないあたし達。となると余計に高校生っていう時期は、そんなことすら足が竦んでしまうかと思いきや、不思議なもんだけど周りの声すら気にせずにそんなことを繰り返しているあたし達。

 彼氏彼女じゃない、あたし達。捜してまで一緒にいようとは思わない。でも、居れば言葉を交わす、あたし達。
 だから、彼氏彼女ではない、あたし達。

 つまり、特別じゃない、あたし達。




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